「見えない」はずのものがわかる!「無意識」の謎

大学である方と話していた時に、視界を認識できるということがいかにも奇妙なことのように思われました。そこで今回は、「見える」ということは一体どういうことなのか?考察していこうと思います。

視覚の起源

「目が見える」とはいったい何なのか?だれしもこのような疑問を持ったことはあるだろう。目の前にあるものを私たちは当然のように認識することができる。根拠は定かではないが、脳の情報処理量の約8割は視覚から入力されるとも言われている。(https://www.tsukubatech.ac.jp/repo/dspace/bitstream/10460/1607/5/Tec25_1_18.pdf)視覚から入力される情報は私たちの色鮮やかな内的世界の構築に極めて大きな存在となる。

 

この視覚というものは、多くの生物で重要な地位を占めているといっても過言ではないだろう。視覚はカンブリア爆発の原因となったとも言われており(Parker, Andrew (2003)In the Blink of an Eye: How Vision Sparked the Big Bang of Evolution Cambridge, MA: Perseus Pub.,ISBN0738206075)、視覚情報が得られるようになったことで、餌や捕食者などを選択的に認識することが可能となった。

 

盲視と無意識の関係性

サルの後頭葉の一次視覚野を切除することで盲視の存在を報告した、1888年の歴史的な論文がある(https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.1888.0011)。一次視覚野を切除したことで、サルは我々が普段行っているような視覚的な認識ができなくなっているにも関わらず、蛇の玩具を近づけると怖がったのだ。これは一般的に「盲視」と呼ばれる現象である。つまり、サルが無意識的な情報処理を(意図的にではないが)行ったことの表れである。これは、視覚などの知覚情報が、一次視覚野を含む大脳皮質だけでなく、大脳辺縁系を中心とした情動回路にも処理されるからである。

 

このような現象はもちろんヒトでも報告されている。ある一次視覚皮質に病変のある患者に、病変部分の視野について尋ねると何も見えないというが、今度は推測させるとかなりの確率でその内容を当てることができるのだ。このように、視覚情報は意識には上らないとしても、無意識に感じ取ることは可能だということである。

 ほかにも、ある健忘症患者の手を握りピンで軽く差す実験で、翌日に前日と同じ人がピンで指した。被験者はピンを刺したのが誰だか覚えてなかったにも関わらず、その人に手を握られるのを嫌がったのだ。このことから、情動反応が意識の支配下の外で作用しうるということがわかる。

 

「無意識」を利用した実験

フランスの有名な認知神経科学者であるStanislas Dehaeneによる「閾下プライミング」という手法を用いた実験がある(Imaging unconscious semantic priming. - PubMed - NCBI)。被験者にある画像を見せる。この画像はプライムとターゲットの2つに分けることができる。プライムの画像は被験者の視覚認識が意識に上らない速度でフラッシュし、その直後にターゲットの画像を認識させる。この時に、ターゲットの認識にかかる時間を測定する。

結果、プライムとターゲットの画像が異なっていた場合に比べて、画像が同一の場合のほうが、ターゲットの画像の認識にかかる時間が早まった。このことは、意識に情報が上らなくとも、無意識下で視覚情報の処理が行われたということを証明している。なんとも不思議ではないか!自分の目に見えているものがすべてを物語っているわけではないということである。 

 

これらの事実は将来、人工意識を生み出す過程においてどのようにコード化されるのだろうか? 

「見えること」自体を解明するのは可能か? 

 「見える」ということができる、すなわちなぜ私たちは視覚から得た情報を意識上で認識できるのか、なぜそう感じるのかという問題はかなり根源的なものである。これは、クオリアにかかわる問題である。

 

この場合、神経事象と精神事象との相関関係が証明できれば、精神活動と神経過程を近似できるという信念のもと研究が行われる。このような手法で行われたある実験を紹介しよう。イタチを使ったある実験によると、一方の聴覚野に他方の眼球からの神経が入力するよう神経経路を繋ぎ変えた。結果、その繋ぎ変えた聴覚野で視覚を感じたとイタチは報告したのである。(Visual behaviour mediated by retinal projections directed to the auditory pathway. - PubMed - NCBI

 

このような手法にもいずれ限界が見えてくることだろう。しかし、その限界を通して新たな知見が得られ、さらに先へと進む道しるべとなるのである。

そうして、このような営みを通して科学はさらに発展していくのである。

 

 参考図書

 いかに参考にした図書をまとめておきます。興味のあるものがあればぜひ手に取ってご覧ください。

 

1.眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く アンドリュー・パーカー 著

1.「こころ」はいかにして生まれるのか 櫻井 武 著

2.進化の意外な順序 アントニオ・ダマシオ 著

3.意識と脳 思考はいかにコード化されるか スタニスラス・ドゥアンヌ 著

5.カンデル神経科学 エリック・R・カンデル 著